◇おかだ直樹 参院選で初陣飾る~国土交通大臣政務官に
県議会を離れて一年余り、石川県をくまなく歩いた岡田直樹は平成十六年七月十一日、参院選で初陣を飾った。
苦労のかいあって相手候補に十万票差をつける勝利だった。
それから岡田直樹は水を得た魚のように生き生きと働いた。自由民主党の新憲法草案策定に際しては、中曽根康弘元首相のもとで前文案の下書きをした。
平成十七年夏、自民党が圧勝した総選挙では小泉純一郎首相の遊説隊長という大役も務めた。
平成十九年の参院選で自民党が敗れ、衆参ねじれ国会になると、岡田直樹は参院議院運営委員会理事と国会対策副委員長を兼任し、荒れる国会の正常化に奔走した。
二十年八月には国土交通大臣政務官の要職を担った。
時あたかも、東アフリカのソマリア沖・アデン湾に海賊が出没し、日本はじめ世界各国の船舶を襲った。国交省で海上保安庁も担当する岡田直樹は、海賊対処新法の国会審議を担当し、その成立に貢献した。日本の船がソマリア沖-アデン湾-スエズ運河を通れなければ、日本経済や国民生活の受ける打撃は計り知れない。
岡田直樹は国会答弁でタンカを切った。
「いま海賊に脅かされてアフリカ南端喜望峰に回るなら、それはスエズ運河が開通した百四十年前に人類の歴史を逆戻りすることだ!」
法案成立後、岡田直樹は海賊対策の根拠地となっているソマリアの隣国ジブチを訪問し、酷暑の中で頑張っている海上自衛隊員や海上保安官を激励した。
日本を離れること一万二千キロ。ふるさとでは隊員の子が三人生まれたという隊員はこう語った。
「任務を果たして国に帰り、赤ん坊を抱きしめたいです」
純真な隊員の言葉に目頭を熱くする岡田直樹だった。