◇県議おかだ直樹 再びいばらの道へ
北朝鮮に行った二年後、岡田直樹は十二年勤めた新聞記者を辞め、無職になった。ハローワークを訪ねたのはその直後のことだ。それから二年近く、先の見通しのないまま、物を書いたり多くの人々の厚意で食いつなぎ、若い仲間たちと国づくり、街づくりを語り合った。
その時、石川県議会の大ベテラン米沢外秋氏が逝去したことは一つの運命だった。その後継を決める補欠選挙に岡田直樹は名乗りを上げた。平成十四年三月、初当選。残り任期は一年だったが、四回の県議会ですべて質問し、とりわけ石川県がさるゴルフ場に隣接する土地を法外な高値で買い取ったことを追及した質問は大胆不敵で新人離れしたものと評された。
ところが、二度目の県議選を目の前にして次期参院選に出馬せよという声が上がる。ようやくつかんだ議席を投げ出して、またもや一年余り浪人生活を送らねばならないのか。
ちょうどそのとき、記者時代に密着取材した松井秀喜選手が巨人の四番の座を捨ててメジャーリーグに挑戦しようとしていた。
「自分はまた給料なくなるな。同じチャレンジャーでも松井選手は大変な高給取りや。少し貸してもらえんかな?」
岡田直樹は再度浪人のいばらの道を選んだ。













